ゆたかな生活とは?

私が住んでいるマンションは普通のマンションですが、近隣にはタワーマンションがたくさん建っています。
そこそこ高級なマンションから、億ションもあります。

ふと感じたのですが、出入りしている人を見ると、明らかに裕福な人とそうでない人がいるのです。
そうでない人は、ギスギスしている人と疲れ切っている人。

この差は何なのか?
気になりました。

このことをきっかけに「ゆたかな生活」って何だろう?と思ったのです。

ただ一つ言えることは、億を超えるタワーマンションの住人というだけでは「ゆたかな生活」とは呼べないうことです。

例えば外資系のエリートサラリーマンで年収2000万円ある場合、頑張れば億ションに住むことは可能です。

しかし、その人の年収は現時点のものであり、来年も同額の年収が保証されている訳ではない。
従って、来年失業してしまったらどうなるでしょう?
マンションを維持する費用、例えば管理費、修繕費、住宅ローンを抱えていれば当該ローンも含むを全て賄うことは非常に困難であることが予想されます。

もちろん、十分な資産があり少々の失業では、ビクともしない状態であれば問題はないと思います。

ここまで書いてきて、ピンときた方がいるかと思いますが、本当の「ゆたかな生活」とは労働所得に生活が影響されない人なのではないか?ということ。

◎外資系のサラリーマンで1億のマンションに住んでいる。年収2,000万円貯金ゼロ。住宅ローン残債は8,000万。
◎無職で給与所得はゼロ。時価5,000万のマンションに居住。残債なし、資産5,000万で配当など年収300万。

おそらく後者の方が「ゆたかな生活」ではないでしょうか?
無職で金融資産が5,000万程度なので少々少ないと思いますが少なくとも、来年どうなるか不安ではないでしょう。

一見前者の方が、ゆたかに見えますが実はそうではありません。

筆者もサラリーマン時代に年収2,000万近く稼ぎましたが、それはもう大変でした。
夜12時を回るまで仕事するのは当たり前、ストレスで仕事が終わってから飲みに行き、帰るのは朝。というような生活が数年続きました。
どれだけ飲み代使ったか知れません。

一旦上がった生活を維持するのは大変です。
身に着けるものも、乗る車も、住む家も、全てが見栄の集合体。

元に戻すのは更に至難の業です。
私がタワーマンションの住人で見た、ギスギスしている人、疲弊している人は昔の私のようなのかもしれません。

見栄を抱えて生きてゆくために、労働をし、疲弊していく。。。

キャッシュフローゲームというボードゲームがありましたが、正にそれ。
労働所得を得れば得るほど、実は疲弊していく。
海水でのどの渇きを潤すのと同じように。

同じ労働所得でも、将来の売り上げが見えている、つまり稼ぐ仕組みができている場合、不動所得に近い精神的安定があります。

いわゆる貧困層も生きるのに必死ですが、ラットレースをしているリッチな人たちも生きるのに必死です。
あなたはどう生きていきますか?

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